休足DAYS

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「麒麟がくる」のラストは天下統一後の家康と天海(=光秀)が昔語りするシーンを妄想。

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NHK大河ドラマ「麒麟がくる」がようやく終わりましたね。最終回およびラストシーンについては様々なシーンを予想していましたが、主人公の最期を描かなかった(におわせることすらなかった)のは大河ドラマにおいて記憶になく、予想外でした。

これまでのドラマや映画で明智光秀の最期といえば、逃走中の山中で落ち武者狩りに遭い、農民に槍で突き刺されて死ぬというパターンが定番中の定番。しかし光秀が主人公のドラマにおいてそんな惨めな終わり方はいやだなと思っていましたが、さすがにこれは採用されずひと安心。

それどころか、「山崎の戦い」すら端折っていきなり秀吉の世にしてしまったのはずいぶん思い切ったなと。ただ、本能寺の壮絶な描写のあとでまた合戦シーンが入ると、せっかくのクライマックス=本能寺がぼやけてしまうためこれは正しい判断だったと思います。

最終回で日本の未来を徳川家康に託す(菊丸に手紙を託す)シーンをわざわざ入れたり、ドラマ当初からやたらと家康との仲の良さを強調するのは「光秀生存説」につなげるためだと踏んでいました。

予想どおり最終回では光秀の最期は描かれず、本能寺から数年後の京で駒(門脇麦)が光秀らしき人影を見かけるシーンが描かれました。そして場面切り替わり、光秀が馬に乗ってさっそうと駆け抜けていくシーンで終わります。

私が期待したのは・・・駒が京で光秀らしき人物を見かけたさらに数十年後、年老いた家康が傍らに立つ老僧と昔語りをします。老僧の名は南光坊 天海。そう、明智光秀と同一人物説がある天台宗の高僧です。

明智光秀が山崎の合戦を生き延び、家康の庇護のもと豊臣時代も僧として生き続けたとされる説が存在します。天海=光秀は家康の相談役のような存在になり、家康を介して悲願だった太平の世を築き上る。終わり・・・と勝手に妄想していましたが、さすがにそれはなかった。

でも、光秀生存説を強く意識した最終回およびラストシーンではなかったでしょうか。生存説をもとにスピンオフ作ってほしいな。

ところで、岡村隆史が演じた菊丸=服部半蔵(2代目正成)ですよね。最終回で家康の口から「半蔵!」と呼びかけるシーンを期待していましたが、これもさすがになかったか・・・。